2017年5月28日日曜日

愛想の悪い焼き鳥や

僕は、この人ひょっとして ぼくと同じ様な考え方する人ではないか 、と思う人にごく稀に出会うことがある。そういう場合、僕は積極的に話しかけ、すぐに友達になろうとは決してせず、まるで大好物のステーキを一気に平らげないがごとく ゆっくりとお近付きになろうとする  妙な習性を持っている。

僕が最近見つけた焼き鳥屋の店主もそのような人の様な気がする。
その店主はと言うと、扉を開けると八の字眉に、いらっしゃい、とも言わずにらみ返してくる。僕は「あのー一人なんです」と恐る恐る席に座ることに。
このタイミングで帰ってしまった客も何人か遭遇したことがあるくらい愛想が悪い。 

店内は8人も入れば満席となるほど狭く、店主は一人で全てまかなっている。 
厨房の壁にはひっそりと「汝の足元を深く掘れ、そこに泉あり」とニーチェの一節が汚い 字で紙に貼られている。メニューも焼き鳥以外は全て680円、焼き鳥以外はあまりたのんでくれるな感が値段に滲み出ている。

もちろん彼とは一言も喋ったことはなく、僕も話しかけようとはしない。
 しかしその店主の働きっぷりは中々ももので、注文を受けてからひとくしずつ手早く刺し、秘伝のタレにくゆらせて焼いたキモなどは絶品なんです。 
 
でも、どうして僕はこの店主に親近感をおぼえるのかな。
多分、この人は、人は好きなんだろうけど、それと同じくらい人の事が怖いのかな、孤独を愛している様にも見える、なんて勝手に思った。
反面、美味しい料理を出したいという心意気をいつも感じる。
 
こんな人なんぼ愛想が悪かろうが好きだなー、また、その人に安心するのは、おそらくこの人も孤独であることを肯定している様に感じるからだと思った。